あの日の出来事を、私は一生忘れられないだろう。
――忘れたくても、ママ友たちが毎回のように蒸し返してくるから。
私は彩香、35歳。小学校2年生の娘・美咲の母で、近所ではごく普通の主婦。
娘の学校で知り合ったママ友3人とよく家を行き来しては、お茶やランチを楽しんでいる。
その日も、我が家でママ友たちを招いての「おうちカフェ会」が開催される予定だった。
午前中のうちに部屋を掃除し、ケーキや紅茶を用意して準備は万端。
夫の翔太には「今日は女の人たちが来るから、部屋着じゃなくてちゃんと服着ててね」と前もって伝えていた。
「了解〜、邪魔しないようにこもってるわ〜」と笑っていた翔太。
しかし、それが油断を生んだのかもしれない。
午後1時、ママ友たちが次々と到着した。
理恵さん、舞さん、真由美さん。みんな気さくで明るくて、私とは気軽に何でも話せる仲だ。
「彩香さん、ケーキ手作り? やっぱセンスあるわ〜」
「今日の紅茶、いい香り!」
わいわいとリビングでおしゃべりが始まり、子どもの話、学校の話、時々夫の愚痴などで笑いが絶えない。
「あ、そうだ! うちの翔太、今日まだパジャマでうろうろしてたらゴメンね〜」
と軽口を叩いていた、まさにそのとき。
「お〜い、彩香〜、俺のタオルどこ〜?」
声とともに、階段から夫の翔太が降りてきた。
問題は――その格好だった。
上はTシャツ一枚。下はというと、タオルを腰に巻いただけ。
まるで温泉帰りのような軽装で、しかもそのタオルの結びが甘かったのか……一段降りた瞬間、スルリ。
「わっ!!」
目の前に現れたのは、翔太の――お尻。見事なプリッとしたフォルムが、太陽の光に照らされていた。
「ちょっ……!! 翔太ーーーーー!!!」
私は思わず叫んだが、もう遅かった。
理恵さんも舞さんも真由美さんも、ぽかんと目を丸くしてから、次の瞬間――
「ぶっ……ぷははははは!!」
「見ちゃったー! お尻、まる見え!」
「えっ何あれ!完璧なプリケツじゃん!!」
翔太は悲鳴のような声をあげてタオルを拾い、必死で腰に巻き直しながら階段を駆け上がっていった。
リビングには、ママ友たちの爆笑と、私の冷や汗だけが残された。
「え〜、何あれ。モデルみたいなヒップラインだったよね」
「意外と、キュッとしてたわ。運動してるの?」
「うっかりにしてはサービス精神ありすぎ〜」
ママ友たちは笑いながらも、興味津々。
私はというと、恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
「ちょ、ちょっと!もうやめてよ〜!」
「いやいや、彩香さん、ナイス旦那だよ。うっかりじゃなくて、むしろグッジョブ!」
どんなグッジョブだ、それ。
その日の夕方。
お茶会が終わり、ママ友たちが帰ったあと、私は静かにリビングに座っていた。
そこへ、そろりと夫が現れた。
「……やらかした……?」
「うん。見事にね。あの三人、多分一生言うよ」
「……引っ越す?」
「バカ」
ふたりで顔を見合わせて、なぜか笑ってしまった。
それから数日間、私がママ友たちと顔を合わせるたびに
「あのプリケツには負けたわ〜」
「またお披露目ある?」
などと冷やかされるようになった。
「お願いだから、次はタオルじゃなくてズボン履いて」と念押しすると、
「了解!タオル2枚にする!」
翔太はそう言って、また私を呆れさせる。
でも、なんだかんだで――夫がママ友に笑ってもらえるような存在でよかった、と思ったりもする。
それが、私の『うっかりプリケツ事件』の顛末。